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特段の安心感!エゴっていう守るべき存在がいない?!


■あなたは、エゴを守る司令隊の隊長です。

兵士A「隊長!隊長~もう持ちません!!」

隊長「頑張れ!倒れるな。まだ行ける。アレコレ考えて考え抜いていればきっとなんとかなる!」

兵士B「もうずっとやってます!隊長!でも一向に戦線は変化ありません。一進一退の攻防です」

兵士C「兵の士気も下がってます!疲れてます。」

隊長「おかしい・・・・エゴが確かにいるはずだから、ずっと守る戦いをしてきたが、本当にいるのか・・居ないに守ろうとする・・・だから無駄に終わって疲れてる、現実が変わらない?!のでは」

■<自分はいない>とは、分離感が産む不安定さや不安、不満に満ちたエゴがいない事です。

いつものちょっと違う書き出しで面食らった方もいたことと思います。

もともと分離した自分ってのはいない、です。五感の働きや思考、感情の働きを総称してるだけだだって、「五感の働きや思考、感情の働きの総称」なんて、長くて言いにくいじゃないですか。
ですが、自分って名前付けして、<分ける>と、<分かった>気になって、「ああ!自分ね!!そうそう、居る居る」ってなりやすくなります。

この自分とは、もっぱらエゴだと思ってください。
エゴを分けると、不安定になって、それが引き金で不安や、何か足りない気がして「アレコレ欲しい~」ってなります。あなたも欲しがってるかも知れません。

ブログでエゴ、自分はいないって書くと「いや、根強く自分が居る!」って結構言われますが、それはこういうことです。だって長年、そうもう二十年や三十年も本当はいないのに、ず~っと意識を向け続けてきたのだから。仕方がないです。でも、事実は事実。エゴは居ません。

■自分がいないと気づくと、エゴを守る司令隊の隊長もお役ごめんです。

このことを名無しメソッドぼーっとメソッドで体感してくると、だんだん「私」=エゴの分離感が産む不安定さや不安、不満は静かになってきます。不安定や不安は、守りたい気持を強くします。心配だ!ってことですね。

でも、自分がいないってわかると、守るべきものがいないことに気づき始めると、「なんだ。まもん無くていいじゃん。楽だ~」って、実はエゴ自身が気づきます。自分防衛しなくていいって分かってきます。すると、非常に安心で満たされます。
この深さはとてもとても大きいです。なぜか? それは、数十年も守ろうとしてきた頑張りから解放されるからです。エゴを守る司令隊の隊長もお役ごめんです。

■勘違いに注意!自分がいないのが怖いのじゃありません。

自分がいないのが怖いのじゃありません。実は、エゴが守られるなくなる、のが怖いのです。でも、もともとエゴはいません。五感の働きや思考、感情の働きを総称して、自分、そしてエゴって呼んでるだけ。

ちなみにエゴがいなくなっても感情が無くなるわけじゃありません。むしろ、豊かになります。そして思考はとても静かになります。

■choiceでは、このエゴ、今まで自分だと思ってきたものが本当にいないんだって体験出来ます。

簡単な3つのメソッド、名無しメソッドアローメソッドぼーっとメソッドで体験出来ます。名無しメソッドで現実と自身を緩め、ぼーっとメソッドで本来の自分を同時に体験する、でもつまづいても良いんです。ちゃんとアローメソッドで許しますから。3点強力メソッドです。

テキストもいいですが、セッションはオススメです。セッション4月分残り3枠です!ぜひどうぞ!こちらから。セッション受講者の声はこちらから。新しい体験談もまた追加されました。


不足+不足+不足は?


■「無いから欲しい」?

金がない、彼女がいない、仕事が大変、人間付き合いが嫌、太ってる、痩せてる・・・あげるとキリがないですね。それは、そうです。実際に、「そうじゃないか」。だから埋めなきゃならない。何かしないと!!不安で不満なんだから、満たさなきゃ、安心しなけりゃならない。

無いからこそまさに欲しい、です。

■不足がスタートの流れだと・・・

こうして、頑張って、○○式や☓☓法で、埋めて行きます。あそこは埋まった。ここは埋まった。「ふ~一安心。あれ!?なんか、ここまだだめじゃん。あ、こっちもダメだ。埋めなきゃ、埋めなきゃっ」ってなったりしませんか。

私はそうでした。どんだけ埋めても満足しない安心しない。決して止まない。これって「本当に満たされたんでしょうか」

埋まった~って言えるのかってことです。そして不思議なのは、埋めたはずなのに、新たな穴:不足、不安がすぐ出来るってことです。まるで底のない桶にザルはめてるみたいに、するすると新たな「無い」が見つかる。

まさに、不足→行動→一時埋まる→不足→思考→一時埋まる→不足です。

■穴が埋まらない理由はたった2つ

じゃあどうするのか。なぜ、不足が埋まらないのか、理由はたった2つ。

1、出発点が不足だから。

2、現象に対応し続けるから。

■充足を出発点にしよう

目の前の世界を見て「~だ」ってなる、んですね。そう、見るから、そう思う。そう思うと、また見て証拠探しし始める。「ほら、無いじゃないか」

なら、そこ見ない。または見ても判断しない、それだけです。別に、今、の目の前を基準にする、判断の材料にしろ~なんて誰もあなたにけしかけていません。大丈夫です。

単純に自身の望むとこを、これまた単純に選べばいい。

そう、誰も、えらんじゃいかん~なんて言ってないですから。選んじゃいましょう!「お!あるじゃん!」

※こう書くと「私=エゴ」がいうのは100% こうです。「だって目の前に無いじゃないか!!!」

だから書いてますよ~。

【今の目の前を基準にする、判断の材料にしろ~なんて誰もあなたにけしかけていません。】

■くしゃみと同じ

足りないから思考する、いえ思考が出る、っていうのは<反応>です。くしゃみと一緒です。

くしゃみに、普通はあ~んまり反応はしないですよね。せいぜいハンカチやマスクするくらい。いつまでもくしゃみに関わって、ああ、あのくしゃみはどうだこうだ~なんてしませんよね。でも【思考】だと・・・しちゃうんです。

■認識の変更

出発点を充足にする。現象に反応しなくてもいい。こういう認識に変える。おしまいです。

「じゃあどうやって変えるんだ~」変えればおしまい!って言いたいですが、「私=エゴ」の【癖】は

強いのです。でも、ここが一番大事ですよ~

「変え方教えろお~」って方、ぜひこちら

 


嘘をつくからくたびれる


■思考や感情が生む苦しさ

思考に翻弄されて、アレコレと考えると、とってもくたびれませんか?
「一体どうなるんだろう」

「これでいいんだろうか」

「どこまで続くんだ」

「どうしてこう何だ!」

ストーリーは頭の中を、一瞬にして駆け巡り、止まる事を知りません。

そして、そういった思考がある時には、心も沈んだり、凹むことが多いものです。苦しくもあるかも知れません。

どうして苦しくなるのか?

考えたことありますか。

どうやったら止められるか、は考えても、何故、苦しくなるかは探ったことは無いかも知れません。

今日は、思考や思考にまつわる感情で、どうして苦しくなるか、その原因をズバリ書きます。

 

■思考の元は言葉

そもそも、思考って何でしょうか?思考とは、ズバリ、繋がりです。

何の繋がりか?

言葉です。名前です。名前や言葉の繋がりです。それが思考の正体です。

ところで。以下の文を読んでみて下さい。

菜箸は、ジーンズに友達になって、山の向こうに、お祭りワッショイ!

何だか、サッパリ?!?ですね。

では、次はどうですか?

彼女に、キツイ事言った直後から、デートの雰囲気が台無しだ、、言わなきゃ良かった、、。

今度はどうですか?ほう、ふんふんって感じであなたに伝わって来ますか?

どっちも同じ、言葉を使った文章です。

片方は、サッパリ分からなくて、もう片方は、ウンウン、!

どうしてか?

それは【あなたが繋げたからです。言葉を】

自分で【自分にとって意味の通るように】繋げたから【分かった】のです。

 

■名前は嘘

名前は本質を現しません。カフェラテって言葉はカフェラテ自体じゃありません。たとえ、苦くて、円やかで、ミルキーで美味しい飲みもの、といったとこで、カフェラテにはなりません。

そう、名前は幻みたいなもんです。何となくそうかな、って奴です。

■思考とは嘘の連続技

ということは、名前の繋がりである思考は、嘘、幻の連続技って事になりますね。

掴めそうでつかめない、分かりそうで分からない。それが思考です。つまり、言葉、名前を、あなたが納得できる形で繋げた嘘の連続技の事を思考と呼びます。

■嘘つくとしんどいのは、本当じゃないから

誰もが一度や二度は嘘をついたことがあると思います。本当の事を隠すために、ひとつ嘘をつくと、もう、次次に嘘をつき続けなけりゃならなくなっちゃう。もう、ヘトヘトです。

そう、嘘付くとしんどいのは、それが、本当じゃないから。

思考するとどうしてしんどいのか、って最初に投げかけましたが、ボチボチ答えが近づいて来ました。

思考とは言葉、名前の連続

名前は本質、本当を指し示さない

だから名前は幻、本当では無い嘘みたいなもの

そして、嘘付くとそれはくたびれる。

そう、思考は自分で自分に付く、嘘です。

嘘の連続技です。それも四六時中、嘘ついてるみたいなもの。

疲れで当たり前なんです。

■名前の無い世界の安心

思考が止むと、それはそれは静かです。穏やかです。安心そのものです。それは嘘がないから。

嘘の無い本当の世界、それが本当、本質です。

この立ち位置に立つと、思考は大騒ぎです。自分の居場所が無いから。ほんの数秒ほど思考が止んだ世界を体験した方もいらっしゃると思います。

安心、穏やか、制限なし、、、一瞬で落ち着いたのではないですか?

すると、こんな笑い話しみたいなことが、事もあろうに、思考から提案されます。

「あの素晴らしい状態を際限しよう!俺も手伝うから。どうやったらいいか、【一緒に考えよう、】」と。

いえいえ、一緒に【考えないのが】あの世界ですから(笑)

考えられちゃ、困るんです(笑)

でも、まんまと私ことなるほども、思考の提案にハマりましたよ〜

 

■名前の無い世界を見せるchoice

choiceでは、名無しメソッドと云う、とてもふざけた名前(笑)のメソッドで簡単にしかも、早く(メソッドやって早ければ一回や一日、二日で)で、この名前の無い世界に触れることが出来ます。

モノに輪郭そのものが滲んだ。

出来事に対するイメージがガラッと変わった

など受講の方から声を頂いてます。

とても気持ちが穏やかになった。こんな簡単な方法でそうなるなんて、ビックリ!なんて声もあります。

 

■本質、本当は楽チン

名前が無いのが本当です。本当の世界を楽チンモードで愉しんでは?

ところで。この名無しメソッドにはバージョン2があります。このバージョン2の先に、【今まで自分だと思ってきたものすら、実は幻だった】と気付く世界があります。

自分が無くなると、、、世界しかありません。でも、【世界しか無くなる、と認識してる何かは居ます】

その何かが、本来のあなたです。

さらに、その世界に、今のあなたから見て、無いものは、ありますか?不足してる何か、ってありますか?

ありません。

【「私」がいない世界は全部がある】

ここら辺りまで名無しメソッドバージョン2で行けます。

そうなると、どうなるか?

それはまた、別記事で。


幸せは創らなくていい 既にある


happiness

■幸せは創るもの?

「ああ!あれが手に入ったら、幸せなのに、、」
「駄目だ。今のこの状況。不幸せそのもの、、、だ。」
こういうスタンスってなりがちですが、どんなものでしょうか?
仮に、手に入れるものをxとします。
はじめの例で言えば、
1、今は不幸せ
何らかの行動
2、xを手に入れる
幸せだ!
ですね。

■不幸の時間が長過ぎる

そうなると手に入れるまではずっと不幸せ、ですね。
手に入れて失うかもって思うと、手に入れても幸せ、じゃないかも知れません。
手に入れた「から」幸せ、って違っていて、余計なのはこの、「から」です。
「から」は条件です。条件は制限です。

■無条件の幸せ

幸せに制限の属性はありません。手に入れても幸せが長続きしないのはそういう理由です。
(過去、手に入れる嬉しさ優先で、私も叶えたことがありましたが、その大変(笑)でした)
じゃあ、どうすんだ~って言われそうですが、別に、今、幸せでいいじゃないですか。
無条件の幸せ、簡単です。
今すぐ幸せ、なれます。
「そんなの無理」ってなりますか。もしなるなら、あれこれ叶えるのも
多分大変になっていませんか。中々【思うように】ならない。
なぜって【条件】つけてるからです。
【思う】ことで、更に幸せを遠ざけちゃいます。
※思考は嘘つきますから。幸せは真実です。
せめて(といってもここ、突破すれば後ははやいと思いますが)幸せは無条件で。

「私=エゴ」がハマる落とし穴


ana

■なっかなか止められませんでした

だい~ぶ以前、今みたいに気づいて無い頃。
目の前の世界、自分の周り、自分の気持ちや感情などなどに「影響」されて、
ああでもないこうでもない、とやっていました。
◯◯式がいい、と思えば◯◯式をやり、☓☓開発法が凄いと聞けばそれをやり、
「お!なんか変わってきたぞ~」と思って更に・・・
で、しばらくすると・・・「なんか、◯◯式ってうまく行かないし、効果薄い・・・」
「今度は【一瞬で変わる△△術】だ~」と怪しげなものにも手を出して。

■本当に「そうなるのか」?

巷には、ああ【するから】、これが変わる
こう【するので】、効果がある って実に溢れてます。
そして、それを聞いたり読んだり試したりしてるのも【自分】です。
そしてこう【思っている】はずです。(私はそうでした)
「ああ【するから】、これが変わるんだな~」
「こう【するので】、効果があるんだな~」
ここには3つの事が隠れてるのに気づきますか?
・何かしたら、何かするので、がずっとついて回る。つまり、何かしないと更に次に行けない。
・自分自身が「何かしたら変わる」と【思ってる】
・上の2つについて「その通りだ!!」と過去からの癖で(無意識に)受け入れてる
わたし自身は、ず~っとず~っとずっと、この繰り返しでした。
このループのよく出来たとこは、「ちょっとはうまく行った【気がする】」とこです。
だから、私も、取り組みの中身は変わらずも、ずーっと止められませんでした。

■【不足の先にある充足!?】

そして、なぜかは解りませんがこの先に【変わらぬ永遠の安心や幸せ】がある、と頑なに信じていました。
【ちょっとうまく行くと、すぐおかしくなっちゃう】事の先に、【どうして変わらぬものがある!】と信じていたのか
今は、全く解りません。
何かに効く、こうすると良い、みたいのは、【不足を埋める】もの。出発点は【不足】
だから、ず~っと続く【充足、安心、幸福】は、ここにはありません。
だったらひっくり返してみましょう!
自らの認識を!

あいつのせいと自分のせいは実は同じ!?


「あいつがいるから、私は、幸せになれない」
「私のこういうとこがまずいから、私は、幸せになれない」
ちょっと考えると、全く正反対のことのようですが、実はおんなじです。
reason

■理由がないから幸せ

「どんなこととも全く無関係に私は幸せ」でいいんです。

■結局、私は幸せになれない!って決めたのは誰でしょうか?

「あいつがいるから、私は、幸せになれない」
「私のこういうとこがまずいから、私は、幸せになれない」
外に理由を求めているか、内に理由を求めているかが違うだけ。
幸せになれないと決めたのは、自身に他なりません。
とにかく「私」は理由を求めたがります。解りたがりです。知りたがりです。
「私」が納得出来れば、内だろうが、外だろうが、関係ありません。
要は理由があればいいのです。
で、「私」ができるのはここまでです。幸せになんかしてくれません。
こう書くと「私」っていうのが、別に居そうな感じがしますが、日常的に居るのはほとんど「私」です(笑)
「そうそう、理由が内だろうが、外だろうが、自身で決めてるよな~ さ!他のサイト探して幸せになる方法を見つけなきゃ」
って、変わりません(笑)

■幸せだな~って感じる時、誰かに言われて感じるだろうか

「ああ、幸せ」って感じる時、それは誰に言われたわけでは無いはずです。
ただ、単に、自身が幸せを感じるわけです。「私=エゴ」が、「さあ、幸せになっていいよ~」なって言いはしません。
幸せな時、逆に、「私」はいません。幸せな時理由もなく満たされた感じがるあるのは、誰もがわかると思います。
満たされたってことは不足感がないってことです。そして不足は分離が生みます。
「私」は分離の塊です。だから、幸せを感じてる時、「私」はいません。

■幸せになる方法を探すほど、幸せから離れちゃう(=分離)です。

「私」は知りたがり、とも少し上で書きました。知らないことを分かりたくて探したがる。もう止めません。
ですが、幸せな時「私」はいません。だから、どんなに「私」が<幸せになる方法>を探しても見つかるわけはありません。どちらかと言えば、その正反対に幸せはあります。

■もう幸せ

探さなくていい、ってことは・・・・既に幸せだったってことです。「私」に引きづられて感じられないだけです。
サイトに書いてることも、あいつのせいも関係ありません。自分で「幸せなんだ」ってしてください。

■まとめ

 幸せは訳なく満ちていること。そこに分離が生む不足感はない。
 「私」は分離の塊。だから、「私」には幸せになる方法は分からない。
 幸せになる方法は必要ない。探す(=分離)までもなく幸せだから。

「私=エゴ」という癖


あなたの考え。
あなたの感情。
あなたの観念。
これは、全部「癖」です。あなたっていう癖です。つまり、「私」っていう癖です。
長年積み重ねて、そして気付かずに今も積み上げてる「私」という癖です。
癖が身につくと、無意識に動けます。出来ます。気付かずそうしてる、ってことです。
気付かず、そう「考えてる」
気付かず、そう「感じてる」
気付かず、そう「当てはめてる」
なので、見えない枠組み、気づかない枠組みです。
この癖のおかげ?で、いまの私達はあります。癖は強力だ、とこの記事で書いてますが、まさにその通りです。
あなたの中から、あなたをコントロールする癖。
この癖をコントロールしようとするのは、難しいです。それより、「癖」であることに気づけばいい。
癖は後天的に身に着けたもの。だったら、新しい癖を付ける。
でも、その前に、あなたが、あなた自身が癖の集合体であることに気づくこと。
この記事を読んでも、
「なるほどは確かにそう受け入れてるかも知れない。でも、私には無理だ・・・」
て思ったのが癖です。まさに。
あなた自身が癖の塊である、ならば、まあ起きてる間はほぼ全て、「癖」の産物かも・・・
って考えるくらいでちょうどいいです。
まずは、「私」って癖に気づくこと、そこから、選択、つまりchoiceへの道が続きます。
テキストメモはコチラ
セッションは現在、一杯です。

愛の雪ダルマメソッド


自分を認めよう!とか、自分を愛して下さいとか、色んな本やのサイトで読んで、「よし!やってみよ。愛してる!」とやると、心の中から、こんな声が聞こえることがありました。それも結構強く!

お前、なーに、言ってんの?脳天気に。

お前のどこ、愛せるっていうんだよ!!
欠点だらけじゃん!ばーか!

めげますw

周りからだけでなく、自分からも駄目出しされるのはw

「愛してる。」
「ふざけんな。」
「そんな事云う自分も愛してます。」
「どこが愛せるっていうの!」
「愛してます」
「うるせえ!」
(T_T)   ですね~w

そんな時は、雪ダルマメソッドをオススメします。【自愛の雪ダルマメソッド】です。

自愛は本来、【在り方】なのでメソッドじゃあありませんが、そこはちょっと脇へ置いておきます。

まず、
「愛してる」って自分に伝えて下さい。

ここで、反発が猛烈で愛するどこじゃない!ってなったら、こうします。

「許せる範囲で愛します」

エゴはここで、困ります。
無条件全面愛なんか認めるか!この!って思ってるので、反発が凄い。

だから、【許せる範囲で愛する】のです。

すると、エゴは
「え?!全面的じゃなくてもいいの?!」
「ちょっとでいいんの?!」
って、少し肩透かしを食ったような感じになります。そこがポイントです。

実際、どの程度愛せるのかは関係ありません。分からなくてもいいんです。

ポイントは、エゴが(自分を愛してもいいのかも・・・)っていう【許可の範囲を広げる】ことにありますから。

自分が嫌だから、エゴはなんとかしたい。なんとかなった自分を愛したい。
でも、本当は、今、あなたは無条件に全面的に愛する存在です。

~したから愛するなんて遠回りは要りません。でも、エゴは、それを受け入れられない。全面的とか無条件ってエゴは怖いので。

だから、「許せる範囲で愛します」です。

すると、不思議な事にさっきまで猛烈に抵抗して拒んでいたエゴは落ち着きます。

そのまま、また、「許せる範囲で愛します」とつづけると、さっきよりもす~っと、自身に愛が届きます!goodです!

簡単です!是非是非、お試しを。
そして、やってみて「こんなんなった~」って方、コメント下さいね。

雪ダルマメソッド その1です。


まず愛しちゃいましょう


まずは愛しちゃいましょう

「なんで私ばっかりに辛くあたんの~」

周りがなんか敵だらけに見えてもう勘弁なんて時もたまにはあるかも知れません。

また、そんな感じがず~っと続いている人もいるかもしれません。

しんどくて、自分にも嫌気がさしたりするかもしれませんが、そんなときこそ、【自分を思いっきり愛しちゃってください】

嫌なこと言われて凹んでも「(そんな自分も)愛してる」

大変なこと起きて「うう!」って時も「(そんな自分も)愛してる」

以前、私は周囲に認めて欲しくてほしくてたまりませんでした。

ある意味、認めてもらって「愛して」ほしかったのかもしれません。

その頃は、まあ、「自分に納得できなくて、そんな自分が嫌い」でした。

嫌いだから、嫌いな自分でも、よけいに「誰か認めてくれ~」って思ってたのかもしれませんね。

そんな時は、なぜだか世界は冷たい(冷たく感じた)って思ってました。

「俺、こんなしんどくて、大変なのに、なんで、またまた冷てえ~んだ!」ってすねたりして(笑)

で、ある時。

「まあ、周りからが無理なら、自分だけでも愛してみるか・・・自分のこと」

それから、しばらくは、もうそれは、愛しまくってましたw 自分のこと。

駄目だしはしない、駄目だししても(習慣で)、そんな自分も愛して愛して・・・

自分に大好きだよ~愛してるよ~って津軽、いえ、告げる。

そしてしばらくして(と言っても1週間かそこらですが)ある時気付きました。

「なんか、最近、私にぶつかってくるもの少ない・・・」
「なんか、優しくされること、助けてもらう事、都合よくいくこと、多いな・・・」

と同時に。

とっても穏やかなのと、「ムフフ」ってなぜだか分からないんですが、心の奥深いとこから嬉しいというか、満ち足りてるっていうか、そんな気持ちが湧いてくるようになりました。

自分を許して愛しまくっていたら、周りにいっぱい不満があると言っていた時と180度逆転!!みたいな感じで。

これにはちょっとびっくりしました。自分は世界ってホントウですよ~

それは自分を愛すれば、自分が愛ある存在であるって自身で許可したんだから、ちゃんと投影されますよ。

でも。

「そんなこと言われても、こんな自分なんか愛せるか~!!!」って方!

騙されたと思って、1日だけでいいから、「自分を愛しちゃって」ください。

ちなみに。

愛するのにお金はいりませんw =お金が不足しない

時間もさほどかかりませんw =時間が足りなくもならない

損するものもない。 =不足もしない

ようは、愛してみても、「何かが足りなくなる」ってことは決しておきません。

100%それは言えます。

じゃあ、なんで、愛しても「何かが足りなくなる」ってことが起きないか?

それは、愛が完全、愛が充足と同じ属性だから。

愛しても不足はない。むしろ、愛することで、完全、完璧、充足の属性に自然に意識を向けることになります。

だから、【とっても穏やかなで「ムフフ」ってなぜだか分からないんですが、心の奥深いとこから嬉しいというか、満ち足りてる】感じになるのは当然なんですよ~ 同じ属性ですから。

気持ちいいですよ~。愛するのって。

今この記事、よんだら、すぐに。

「この記事読んでる、私のこと、だ~い好き。愛してる。」

です。


心地良く!自分良く!


心地良くなる事って好きですか?

好きですよね~!

自分で「良いなあ~」って感じること、気持ち良いですか?

気持ち良いですよね~!



なのに。
一生懸命がんばって、、、、

【心地良く】なろう!としてませんか?

【良いなあー】っなろう!としてませんか?

私は随分と長い間、そうしてましたw

心地良くなる【なる】為に、何かする。
良いなあーに【なる】為に、何かする。

何かは要りませんよ~

心地良く、良いなあ~ってなるのに
【なんか条件っいるんだっけ?!】
って、自身に問いかけて下さい。

で。放って置く。

多分答えは【要らない!】です。

わざわざ、【心地良くなる為に何かする】って、『おかしくね?!』ってちょっと立ち止まってみると、見えるもの。

たくさんありますよ~

心地良く、良いなあ~

【自分良く!】がいの一番!