認識変更したら〜になる、はそもそも違ってる

こんにちは。なるほどです。10月セッションありがとう御座います。おかげさまで全枠一杯です。11月はまだあります。こちらから。

この記事は「叶えるという気持ちのために、後付で、無理に頑張ることなんってありゃあしない!」って、記事です。

■自分=世界とは、原因=結果でもある。

■【ひとつ】なのに「〜だから」なんて、2つの要素の因果なんて成り立ちようがない。

■肉体の有るせかいで【ひとつである】はどう働くか。

■本来、本質、ホンネに近づくなら想いは自然に形になる。

■自分=世界とは、原因=結果でもある。

認識変更すると、自分=世界が分かる、腑に落ちるなんて云いますが、本当です。自分と世界は不可分です。自分、そうあなたは絶えず変化してます。考え方も、モノゴトの見かたも、肉体も五感の情報も。変わらん毎日〜なんて言ってるのは「エゴシステムの声」に過ぎません。

そして、同様に、世界も変化してます。でも、エゴシステムは「制限・制約・分離」なので「分けたくて」たまりません。原因と結果も、そのひとつ。ですが、自分=世界、自分とは世界そのもの。自分と世界は不可分が腑に落ちると、原因と結果からも解放されます(認識上では)

つまり、自分=世界とは、原因=結果でもあるってことです。

■【ひとつ】なのに「〜だから」なんて、2つの要素の因果なんて成り立ちようがない。

自分=世界とは、分かれていないってことなんで、【ひとつ】ってことです。

ひとつとは2つでないってことです。でも、あなたの中では、原因があって結果があるでしょう。つまり分かれてる。これが、根付いてるから「前もダメなんだから今度も」って思考が働きます。

でも、ひとつなのに、〜だから。なんて因果は成り立ちようがない。これは当たり前のことです。

つまり、もう、形になってあるのに、なんで「叶えるために頑張ってメソッドするの?叶えるためという理由でジタバタするの?」ってことです。

■肉体の有るせかいで【ひとつである】はどう働くか。

ひとつである。これは真実です。ですが。【表現・発信・体験の場として<世界>】ってものを認識出来るように、私たちの身体はあります。五感も思考も感情おそのためのものです。ここに【ひとつ】ってものが入るとどうなるか・・・

ひとつ、あなたが「一」全部。全部ってことは不足なし、足りてる、ってことです。なら安心。幸せ・・・愛っていってもいいかも。そういうものが、「一」への認識変更によって、【不可分ではあるが、表現・発信・体験の場として<世界>】でどう働くか、と言えば・・

なんか良くわからん(エゴシステムには理解出来ないが)が、いつもいい感じだよね〜いわゆる叶っちゃってるなんてのも普通にあるし・・・ってことです。

これが、肉体の有るせかいで【ひとつである】はどう働くか、ってことです。

■本来、本質、ホンネに近づくなら想いは自然に形になる。

認識変更の変更とは、この「一、全」っていう【本来・本当・本質】に気づき馴染んで生きられる、ってことですが、一方で。

【本来・本当・本質】は、ビシビシとは気付いてないけど、それが在るんだなあ〜って使って楽しく生きていくことも出来るわけです。

この、前者が、MindSwitch。後者がLifeSwitchです。だから、別に認識変更しないと形化しないなんてことはない。ホンネ、快っていうデフォルトベースで、想いを抱いて「活動≠メソッド」すれば、普通に形化する、って話です。

なので、あなたが「認識変更したら〜になれる。〜を手にする」って思っているのなら、それは、本末転倒です。「〜したら」が成立しないことに気づくのが、認識変更なんだから。

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