世界の私vs私の世界

■似て非なるもの

世界があって私がいる

私があって世界がある

なんか、よく似た文ですが、あなたがこのどっちの立ち位置にいるかは、あなたが輝くのに大きく関係します。

上司がうるさくてかなわん!!

お金がないんだよな〜

彼氏ができないのは親のせい

あなたの周りにはいろんなものがあって、いろんなことが起きてます。その全てではないにせよ、あなたはそれらのモノ・コトに反応して、考え、感じて、行動します。あるときはそれを楽しんだり、ある時は、ドカンとやられたり・・・

そんな時共通してるのは「あの○○のせいで」「この△△がなければ」といったように、原因、根っこは、自身でなく、対象・相手、つまり目の前の世界サイドにある、という立っているってことです。

ここは取違いやすいので、書いておくと「じゃあ、全部自分が悪いんかい!!」ってなりそうですが、そうではなくて、【どうしてわたしたちは、実に自然に、原因やコトの根っこが外にある、って思うのか?】ってことです。

「当たり前じゃないか。○○のせいで・・・」とまた始まるかもしれませんが、ちょっと待っていただいて、少しおつきあいください。

世界 →    自分:今までの立ち位置 

一旦こうします。その上で、今一度、自身の今までの人生やらパターンなんかを振り返ってみます。どうでしょう。冷静に振り返ってくださいよ〜「悪いのは、アイツ!」ってなりやすいですから。また、自分が悪いっていう風にもなりがちです。要注意!

さて。どうですか。世界が原因で、その影響を自分が受けている。

【なんで素直に、実に自然に、疑うこともなく、そのパターン、世界 →    自分を受け入れるのか】

【なんで、自分 →  世界という方向を、仮にでもいいから探らないのか】

わたしがいいたいのはそこんとこです。あまりにも素直かつ自然に「原因、根っこは世界!だから、変えるべきは世界。コントロールすべきも世界」ってなる、そのことです!

この世界には実は、自分自身も暗黙に含んでいます。

そんなに素直でいいのかな〜ってことです。仮に、世界 →    自分だとしますね。だから、世界を改善しないと、自分に色々と降ってくる。嫌だ〜!!!世界を相手を対象をなんとかせねば!!!

おっと。ちょっとそれおかしいかもです。

だって。世界に影響されてるから今の自分があるなら、そもそも世界にあなたが影響なんてできるのでしょうか?広大な世界。難攻不落の相手をどうやって落とすのでしょうか?

なんか変です。世界→自分なら、世界に戦いを挑む、制御してコントロールしようとする事自体、矢印の向きが逆になっちゃってます。

こんなおかしな構造なのに、わたしたちはなぜか、いつもいつも、世界 →    自分を採用します。

■自分の世界って

あなたは本を読まないって決めたスグ後に、本を読むことはありません。

あなたは歩かないって決めたスグ後に、歩くことはありません。

あなたは、相手に話さないって決めたスグ後に、話すことはありません。

つまり、あなたが「先で」その後に「世界が展開する」ってことです。そして、このことも、世界 →自分、同様にまず気づきません(本当は気づかないようにさせられてます)。実際には、自分→世界、自分の中での選択があってから、展開するのに、そこには目がいかない。日常生活で実にこんなことはたくさんあります。

また。

あなたが「有って良い」って許したものは、あなたの周りにたくさんあります。中身は人それぞれですが、お気に入りの服だったり、かわいいペットだったり、大好きな友達だったり・・・この「あって良い」を少し広げてみたらどうでしょう?

ひょっとしたら、無意識か意識的かは別にしたら、【あなたが嫌だな〜って思う世界が有るのは、あなたがそれを「有ってよい」って選択した】からかもしれないってことになりはしませんか?

自分 →   世界・・・・・

自分が許した、選択したことに合わせて、世界が展開していた、としたら・・・・

■実は同じ枠組みの中だった!?

 

記事のテーマは、世界の私vs私の世界  でしたが、実は、これは誤りで、さっき書いたように、自分 →   世界 なら、

世界→自分は、自分→世界の枠組みの中で、無意識に世界ありきの自分素直に選択してきたパターン

自分→世界は、自分→世界の枠組みの中で、自ら意識的に選択するパターンってことになります。

一見すると、真逆に見えたものが、同じ枠組みに入っている、自分が「どうそれを選択してきたか」ってことが違っただけ。

自分で選択するか、今まで通りのパターンを疑うことなく無意識の選択を続けるか、あなたはどちらを【今】から選びますか?

 

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