もやもや気持ちと、わんこそば

■悶々思考は失くならない?!

新年早々、重たい話題ですみません。

悶々思考やもやもや気持ち。音楽聞いても、のんびりしても、とにかく「失くならない」

気づくと出てる。「ええい!うっとうしい!!」となったり「もう勘弁となったり」しますよね。

 

いつまでも、どこまでも、「失くならない」

ところで。皆さん。わんこそばってご存知ですか?

岩手県で有名なあの次々とお椀で蕎麦を食べる、アレです。

一杯食べると次が来る。

空にすると「ハイ、どんどん!」ってお姉さんが次の蕎麦をすかさず、お椀に入れちゃうw

終わらない、キリがない、止まらない・・・あれ!? なんか似てますね。

悶々思考やもやもや気持ちと。

 

ふっと忘れても、また出て来る。
次々つぎと止まらない。

 

■自分で入れちゃう「わんこそば=悶々思考」

 

ここで、こう視点を変えて見てください。

【本当はそんな思考も気持ちも無いのではないか】と。

 

すると、エゴシステムはこう言います「いやいや!ホレホレ!ちゃんと在るだろっ!」って。

騙されちゃあいけません。

お椀の中身なんて、無いんです。本当に。

じゃあ、どうして、<無いものが、在るように感じるのか>

 

それは・・・・

【再生産してるから】

わんこそばの例で言えば、次の蕎麦を自分でお椀の中に入れてるから。

 

空になった。ふ~ほっとした。
ラックちん!!

ここで止めればいいのに、また【次の蕎麦に自ら手を伸ばす】

「でも。また出て来るかも・・・」
「こんなの一時だよ。」

 

そして、次の悶々、もやもやは「ちゃんと」来ます。
だって、【次の蕎麦に自ら手を伸ば】したんだから。

 

■本当は在りません。

まずは、本当に悶々思考があるのかどうか、ちょっと冷静にみつめてみませんか。

本当は、悶々やもやもやは、「在りません」

本当は無いのに、悶々・もやもやが在るのでは?って探す、から、【空のお椀】に
【新たな悶々・もやもやが生まれてきます】

本当は無いんですよ。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。