アタマでは分かっています

以前、わたしも、たーくさんのサイトやスピに関わらず、情報を入れてました。入れ過ぎてあふれ出ましたw

秘密の○○式 これであなたも変われる! なんて本を何冊も読みました。(余談ですが、あなた、つまり、自分が変わったりしたらヤバイような気もしますが、、明日から誰か全く別人になってしまったら、逆にビビりませんか?)

「うんうん!なるほど〜、そうか!そうだったんだ!!これで上手くいく!」

もう、何千回、何万回、このフレーズを口にしたか分かりません。

で、ご想像の通り、上手くは行きませんでした。

やることは、実は、ほとんど無いです。安心も幸せも、自身が本当の自分だなあ〜って実感するのにも、何かしないとなれないなんてことは無いです。(大体、何かしないと安心や幸せになれないなんて、誰か言ったのか、、)

■アタマでは分かっています、でも、○○なんです■

このフレーズには、重大なとこ!があります。

言葉は、事の本質を指し示しません。どんなに言葉を継いでも、絶対に全てを現しません。わたしは焼き鳥が大好きです。

「炭に落ちる肉の油が焦げて出る香りが付いた、そして、弾力があって、ジューシー、口の中に溢れる肉汁と旨みか最高!な、モモ串焼」

かなり美味しそうにw書いてみましたが、どうですか?美味しかったですか?そんなわけはありません。(焼き鳥屋に行こう!って思った方はいるかもしれませんが)

当たり前ですが、言葉をどんなに繋いでも、焼き鳥の美味しさ、という本質、焼き鳥そののもの、現せません、絶対に!

さっきのフレーズは、、、

■アタマでは分かっています、でも、○○なんです■
でした。これは、

「焼き鳥の美味しさは、理解してるんです。でも、焼き鳥屋が近くにないんで、、」

ひとつめの重大!

美味しさって、理解するもの?

ふたつめの重大!

近くにないって、更に、言葉をつなげて、事の本質から遠ざかるの?

要するに、いっくら言葉を繋いで(=本を読む、サイトを見る、考える、などなど)も、つなげば繋ぐほと、事の本質から遠ざかります。

アタマでは分かっています、でも、○○なんです
分かってんなら、もう言葉は要らないですよね、ってことです。

じゃあどうすんだ〜

ってまた、おんなじです。

どうもしない、むしろ、積極的?、何もしない。何にもしないと、果たしてどうなるのか?

どうするか、でなく、どうなるか?見守る。アタマで追わない。思考で追わない。言葉で追わない。見守る、又は、放っておく。

これです。

で。この見守る、放っておく、っていうのは、【その場にいる、今にいる】って事です。

考えるっていうのは、思考タイムマシンに乗るって事です。心、ここに非ずってことです。

そして、放っておくなら、そのまま【今】にいるしかないじゃないですか。今にいようとする必要はなく、湧くものは放っておく、言葉は放っておく、【湧くものに対して何もしない】

そして、普段通り過ごす、いや、やりたいようにする、です。

アタマで分かる、とは、アタマで、言葉を使って、更に物事を分けるって意味です。真実から遠のくだけです。分けるほど遠くなります。

アツアツの焼き鳥が出たら、御託はあとにして、ガブッてほうばるってことです。ただし、猫舌の方は冷ましてからですね(笑)

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