月別アーカイブ: 2016年10月

分かりたいを止めて意図するへ 3つのポイント

この記事の前に、書いた記事(アメブロへの質問に対する記事です)に再度コメントをいただきました。

「どうしたら?」「どうして?」「これでいいのか?」って、ごくごく普段からあります。別にいいとか悪いとかでは
ないですが、どうしてそうなるか についての私なりに書きます。今回は、前回あった質問に対して書き起こした記事に再度コメントをもらったので、それに関する記事です。

実は、はじめ、アレコレ書いたのですが、ある理由で下のようにテキスト風に書き直しました。

■3つのポイント

1、名前とは分離であり嘘であり、思考の元である。

2、知りたい、分かりたいと考えるのは、分離促進エネルギーにしかならない

3、あなたを決めるのはあなたしかいない。

inten

1、名前とは分離であり嘘であり、思考の元である。

例:名前を付けないと、物事は分けられない。試しに一切の言葉を使わなければ
昨日の出来事すら考えることはできない。起きたしたことも、寝る前の思いも、
説明できない。
例:「コーヒー」って名前は、コーヒーそのものではない。
飲めもしない、香ばしい香りもない。

 

2、分かりたいと考えるのは、分離促進エネルギーにしかならない

分かりたいとは字のまま。分けたい=名前をつけたい=嘘を作りたい(無意識の内に)、ことである。
だが嘘は本質へはたどり着けない。コーヒーという字を何度読んでもコーヒーは分からないが、
コーヒーを飲めばコーヒー自体にたどり着く。

分かりたいためには、思考するしかなく、思考とはまさに名前=嘘の積重ねにしかならない

 

3、あなたを決めるのはあなたしかいない。

理解の先に解決があるとあなたが決めれば、その通りに展開する。ただし、上で書いたように、
分かりたい、理解したいの先には、本質的解決はない。分離を増やすだけ。

たどり着きたいのが、あなたの望むゴールなら、【はじめからゴール】を【自分で決めればいい】
誰もその決定を覆すことはできない。あなた以外には。だから、自分に対して意識的であれ。
お昼ごはんに「近所のラーメン屋さんでお気に入りのラーメンを食べよう」と意図もしないのに、
気づいたら、そのラーメン屋さんの椅子に座っていた、なんてことはまずない。

 

というとこです。

 

エゴという癖に気づく1つの考え方

tumekami

■「どうしてそうなってしまうのか!?」 それは「私」っていう癖のせいです。

自分ではそうしたつもりがないのに、なぜかそうなってしまう。そして、そうなっていることにも
あんまり気づかず、ふとした時に思い出す。そんな意識に登らない「私」という癖について
気づくための記事です。

■自分がまるごと癖だとまず知ることです。

無意識に動く「私」という癖、そんな意識出来ないものをどうやって気づくのか!
そんなコト出来るのか!?って感じがしますね。意外と簡単です。

【あなたがまるごと「癖」そのものだ】と認識するってことです。

ちょっと???どういうことって感じかもしれません。
普通は、私の癖は、●●だな、って特定の癖が、自身の中にあるように思っていますが、
そうじゃない。あなた自身が全部「癖」そのものです。

 ■決意は習慣に勝る

今回のブログへの質問1は・・・・

1、私も意図しても本願というものが実現しません。恐らく何かほかのことを優先して取りやめてしまっているのだと思いますが、自分では気が付きません。そういう場合、一日に数回機械的に自分こうなるよと自分に言い聞かせれば効果があるのでしょうか

でした。

これを上に当てはめるなら、「意図しても本願が叶わない。意図の取り下げしてるけど、自分じゃ
  気づかない」って癖です。つまり「気づかない」って事自体が「癖」なので、どうやったら
気づけるか?1日に何回か忘れていた意図を機械的に自分に言い聞かせたら取り下げないように
効果あるのか?ってとこから入ってもあんまり効果はないように思います。
言い聞かせるなら、相当な数、1日に自身に入れないと、と私は思います。

それより、私のおすすめは【自身の決意を先にする】ってことです。

「癖」、「私」っていう癖は長年の生活で出来たものです。あなた自身です。ちょっとやそっとで
変わるもんじゃありません。そのためには【私は決して意図を取り下げない】って淡々とハッキリと
決意することです。

自身の【取り下げない】っていう固い明確な選択が先です。意志は、決意は、習慣に勝ります。

  ■対応したい、という「私」の癖

2つめの質問はこれです。

「願望は勝手に湧いてくるわけですが、湧いた時に自分を客観的に見て、自分の本意と異なる願望だった場合、自分の本意の願望に唱えなおす感じでしょうか。」

これは、<何かが起きたら、それに対応する。そうして解決してまた起きたら、また対応です>ともとれますね。でも、逆だな~と私は思います。

これはとてもくたびれちゃいませんか。起きたら対応、起きたら対応。「私=エゴ」は、何かすることが
大好きです。対応、それはエゴの好物です。「何かしないと!!」といつも探してます。行動が悪いのではなく、「行動しないとどうにかならん!」っていう思考の習慣。これも「私」という癖です。

  ■選択が世界に反映する

   選択、内面の選択があなたの世界に反映します。最初に、何が湧いても別に構わないってしておけば、別に何が湧こうがお構いなし、ですね。自分の本意と違う願望が湧いても、です。

 

■まとめ

大切なのは、「どうするか」ではなく、「どうあるか」です。自身の立ち位置をそもそもどこに
置くのか。「私」っていう癖に引きづられないためにもこれはとっても大事です。

セドナ・メソッドがきっとうまくいく!3つのポイント!

■セドナ・メソッドがうまくいかない!?

あなたは、セドナ・メソッドでどうしても手放した感じがしない、そんな事はありますか。
何べんやってもスッキリしない、本当に手放せてるの?そんな事がモヤモヤしてる。
今日はそんな方のための記事です。

■ポイントは3つだけ!

では、どうしたら手放せるのか? ポイントは3つです。

1、手放すと決める
2、手放せたか確認しない
3、際を大事にする

■この3つでどうなるか?

このポイントを押さえてから、私はぐんぐんと手放せ、こんなとこまで行けました。

 

 ■手放すと決める

これは一番大事です。ちょっとしたゴミを捨てるの事を考えて下さい。
あなたの前に、ちょっとしたゴミがあります。
「捨てようか、どうしようか?止めるかな?」という内はゴミはそのままです。
そんなときは、「よし、捨てる!」と決めてあげれば、まあ大抵は捨てられますね。

セドナ・メソッドで手放すのも同じです。

「手放す!」ってまず決めることです。これは手放せるかな~うまくいくのか~って
思っていたら、ゴミ同様、手放せません。

「よし!手放す!」 そう【ハッキリ決意】してからセドナ・メソッドをしてみてください。
手放し感がぐっと増えます。

■手放せたか確認しない

これまた大事です。ゴミ捨ての例ばかりでアレですが。さっきの例えの続きで言えば、
ゴミ箱に捨てたゴミ。もう、ゴミ箱のなかに入ってる。

「あれ!?さっきゴミすてたっけ」
「ちゃんと捨てられてる!?」
「捨てられてるか、ゴミ箱覗いてみよう」

手放せた確認するってこんな感じです。だからこそ先に書いた「手放す決意」が大事なんですね。
手放すって決めて、セドナ・メソッドしたら(=手放したら)、それでオシマイ。

確認するってことは「意識をそこへ向ける」ことです。 上の例で言えば、ゴミ箱の中の
ゴミを意識してるってことです。それは、ゴミ箱の中にあっても、あなたの手に未だ
 ゴミを握っているのと変わりません。

■際を大事にする

ここは、なるほど流って良いかもしれません。際とは「限定」するってことです。例えば、無意識の内にこんなことを思っていませんか?

「あれやこれやを手放して、やがて、身も心も軽くなって、きっと良くなるだろう~」

これはペケです。あれの次は、これを手放して・・・ひとつづつ順番に?最初でつまづいたら先に進めません。やがて・・・ 何時まで手放すのででしょうか。大変です。

ここでとっておきのテクニックをお伝えします。「際:限定」を強く意識した手放し宣言文です。

それは「今この場で一切合切」ってワードです。

いつかじゃない、ひとつづつじゃない、どこか他所でじゃない。

 「今この瞬間に全部まとめて手放す」

そう宣言します。もっと突っ込むなら、

「今手放す?それとも一生死ぬまで握りしめる?さあ、どっち!」

っていうのもいけます。

他にも幾つかありますが、今回はここまで。

 

■まとめ

1、手放すと決める 

2、手放せたか確認しない 

3、際を大事にする 

これらをする事で、今までとはちょっと違った感じだったり、一気にスッキリした手放し感が現れ、効果もぐっと増えます。ぜひ試してみてください。