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出されたものは食べてみる!

私はあまり好き嫌いが無い方(と自分では思っています)です。なので、「だから野菜は嫌い」
とか「こんにゃくは舌ざわりがどうも・・・」とか、ほぼないです。

で、みなさんにもオススメなのは、日常にもこれを応用してみて下さい、ってメソッド?です。

「あの上司!帰り間際に仕事を言いやがって」とか
「彼氏が振り向いてくれない・・・はあ~・・・」とか
「友達、欲しい!」」とか
「こんな生活、嫌だ~~~~」とか、生きてると、まあ、色んなモノ、コトが「出される」わけです。

目の前に、自分の中に。

その時、拒否しない。「アレは好き」「こっちは嫌い」ってしない。まあ、何か云うならば、
「そうだね」
「出たな」
「ま、いっか」

拒否しない、出たのを認めるとこから始めてみる。

記事の題名のように、出たものはまず食べてみる。

そして、出来れば残さず食べる=出た思考や感情と向き合う=出た思考や感情を認める、です。

あなたには専属のシェフがいて、あなたの状態をあなた以上にみていて、その時、その時でふさわしいな、と思うもの(思考や感情)を用意して出します。もうそれはプロフェッショナルな仕事です。

目の前、自身の中に湧いてくるものは、そのプロフェッショナル・シェフの仕事です。
無駄がありません。だから、残さず食べてみてはどうですか?今までは、「ダメだ。食えん!」と皿を押しやっていたかもしれませんが、まずは箸を付ける。フォークで一口食べてみる。

そこからでもいいです。
出たものは認める。はじめの一歩は案外簡単で、そして一歩歩きだせれば、二歩目はもっと簡単です。

出たものは食べる。お試しを。

思考は嘘をつく

毎日暮らしてると、まあ、嫌ってほど思考がでてますよね。
いや、逆に気づかないかも知れません。
無意識に出てくる思考にあまりに馴染んでいるから、です。

この思考ってやつをちょっと整理してみますね~

簡単なのでぜひあなたも、下の例にそってやってみて下さい。

私は今、カフェラテ飲みながらこの記事を書いてます。

ところで。

「カフェラテ」という言葉は「カフェラテ」そのものでしょうか?

あったり前ですが、答えはノーです。「カフェラテ」って言葉は、
言葉であって、カフェラテ自体じゃありませんw

※仮にカフェラテが、その物自体を指すなら、カフェラテ飲まなくてもいいことになっちゃいますね(笑)

考える時はほぼ100%、言葉を使って考えてます。それは、自分の思考をちょっと観察すればすぐ分かります。そして、あなたは自分の言葉で行う思考を盲目的に採用してます。

【あなたが思考を盲目的に採用してるから】です。

「~だから、そうに決まってる」。実際はそんな断定的にアタマの中で宣言はしてないと思いますが、常にあなたはあなた自身の考えを無意識に採用してます。そしてあなたが悶々思考から抜けれないのは・・・・・

ところで、カフェラテの話を思い出してください。

「カフェラテ、飲んだ~美味しかった~」って言葉、文章で本当にカフェラテ飲んだと云う人はいません。

■なのに、どうして、あっさりと<自分の思考>だけは、言葉を使って行う自分の思考は、「最もだ!真実だ!その通りだ!」と採用して、次々と出る思考を続けられるのでしょうか?

■言葉はあくまで言葉で、それ自体じゃあありません。

■本質を指し示さない「言葉」を使って行われる「思考」は、真実ですか?

【自分の考えに全幅の信頼を置いてる】ってことをまず疑ってください。

言葉を使う思考は、真実を指し示してはいません。言ってみれば幻みたいなものです。

幻はつかみどころがない、実体のないものです。

思考に実体はありません。そのもの自体じゃあ,
ありません。

カフェラテって言葉がカフェラテそのものじゃないのと全く同じです。

まずは、普段からこの辺を時々意識してみて下さい。

立ち止まることが出来れば、思考の嘘に流されなくなります。