自分がいなくても怖わくない

自分がいない、という記事(その1その2)を書いてますが、自分がいなかったら、とんでもないことになるんじゃないのか?!どうなるんだ〜!! 何が起きるんだ~って思ってる方も大勢いると思います。

inai

でも、自分がいないことは結構あります。

何かに集中したり、好きな音楽を聞いてくつろいでいるとき、ほんとに美味しいものを食べて味わっている時。自分はいません。ましてや、自分の本名なんて、上に書いたような時に出てくるはずもありませんね。自分のことを「山田太郎が集中してる!」なんて言ったら、逆にちょっと変です(笑)

ですが、このちょっとしたこと、ここに鍵があります。

我を忘れて集中したり、音楽聞いていたり、味わっている。我を忘れて・・・・そう自分がいない、つまり、自分で自分がいない事には、気づいていません。すると、日常生活の中で記憶や意識に残るのは「自分がいる時間や経験」になります。

自分がいない間の事は、経験していることすら意識には登りません。当たり前ですね。
これが「自分がいる」の構造です。

自分がいて、周りにたくさんの物と事があって、自分と物事が様々に関わっている。
目覚めると、この構造が崩れます。ほんの一瞬でも、【自分がいない】事に気付けば、それは目覚めです。
自分がいないそんな特別なことではありません。